チラウラヤーン3号

その辺のプログラマーのチラ裏です。

スポーツやるなら下手でも怒られない環境がいいなー!そしたら楽しいなー! 実際楽しかったしなー!

なんで学校ではそんな風になってないんだろ。学校のクセに!なーんて思うけど、社会は甘えるものには厳しく、自助するものには緩く手を貸すようにできていて、転落したり底の方で産まれた身には「何が自助という行為に相当するのか?どうすればそれが自身で成し得るのか?」がわからないため、紐をたぐる時点でつまづくのが難しいところ。

システムのアーキテクトは人数を絞れ、って話があるけど、ガチで頭のいい人が頑張って現場これならもうどうしたらよかんべー。。

これを読んでた。

www.ms-ins.com

自動車業界は安全性確保のために衝突実験までやってるわけだが、ソフトウェアシステムエンジニアリングでは何がそのレベルの実験に相当するだろうか?

やっぱりカオスモンキーテストになるのかな。

逆に言えば、そのテストをしてないシステムっていうのは、安全性確認の実験をしないまま市場に出す危険なプロダクトってことか?

そう言えば技術倫理を学ぶ機会が少ないようにも感じる。

ある論争スレッドを読んでいて、

  • 本論と関係ない部分の攻撃で言葉遣いが粗暴か
  • 各論への詳細に議論が降りて行ったとき、学問的な諸定義を前提として論の応酬ができるか
  • 知識のアップデートや誤謬へのメタ認知があるか
  • 論点を示して論拠を要求した時、別の話題を持ち出すか
  • 自説への反例を求めることがあるか

などの特徴を観測する事で、トピックへの知識なしになんとなくどちらの立場が妥当そうかを知る事ができると感じた。

これを使うと、自分が詳しくない領域への見識を、その領域の学問に長時間浸かることなく深めようとしたときに、誰の見識を参考にしたらよさそうか、という判断をするのに役立てられそうな気がした。

この辺のスレッド。

そうそう、ある人が陰謀論者かどうかを知りたいときとかにも。

なんかその辺の特徴をもっとちゃんと述べてた記事があったように思うんだけど、うーん。

Quoraでこの回答をしている方の、神代文字擁護論者に対する回答だったかなあ…

萩原 遼さんによる「今までQuoraで回答して、付けられたコメントの中で一番頭にきたものはどんなものでしたか?」への回答

エセ関西弁を交えて楽しいのは本人だけ。

やるなら記号化してやらないと、芸人になったノリと気分でやると寒いことになる。

とても恥ずかしい…誰か俺を縛って吊るしてくれ…


言葉の雰囲気に頼るからダメなんだな。

話の構成ありきでやらないと。

ameblo.jp

スパイ説を信じてしまうかもしれない。要は知識不足が原因なのだ。今の人は、知識をつまみ食いする人が多い。何も知らない状態から知りたいと思ったことを単体でネットで調べて。「物知りになった」と勘違いしてしまう。

子どもは勿論、大人でも「勉強なんか必要ない、Google様がいるから」と言うことを言う人がいるが、ぶつ切りの知識は、意味がない。 よく「ネット情報の信憑性」が問題になるが、林千勝に関して言えば、別に嘘はついていない。 自分に都合が良い事実だけを集めてきて組み合わせて個人的な意見を主張しているだけなのだから。 それより知識がモザイク状になることの方が問題だと思う。断片的な知識だけを得て、その周囲は想像で埋めてしまう。実はそこに、大事な情報があっても気が付かない。

緑内障患者が、視野が欠けていることに気が付かないのに似ている気がする。

「ネットで検索すれば知識を得られるのに勉強する理由がわからない」論は、もはやネット検索の品質…というか、粗製濫造コンテンツの跋扈によりノイズが著しく増大してしまった今、単純には成立しなくなってしまった。

そもそもが「辞書があれば語学は不要」というぐらいの暴論ではあった。

作業現場での一挙手一投足のたびに説明書や参考書を繰りながら作業するわけにはいかない。

「正誤入り乱れた情報をどうやって精査、担保するのか?」という問いへの回答が用意できない限りは「系統的で質の良い知識、思考様式」を得るための学習の重要性は変わらない。

たとえその訓練が少量だったとしても、継続される限りは生活と人生から幾ばくかの危険を軽減できる。

ただし 「達人になるのを待ってから戦場に出るつもりか?気の長え話だな」とまでいかない程度には、適宜いまの立ち位置を振り返る必要はあるかとは思う。

入れて、使って、変えて。

月並みな話だけど、陰謀論をエンタメ消費している友人の投稿を見て改めて言葉にしておきたいと思った。

合成の誤謬利益相反についてパッと例を出せないので、まだ大人になったとは言えない。

やはく大人になりたい。

地元の田舎で年上の人たちが言う「おー生きとったかいねー。死んだんかと思っとったわー笑」が結構好き。

辛気臭くない。死が身近にある。いつでも死ぬよね私たちはよ、という文化なのかな。