チラウラヤーン3号

その辺のプログラマーのチラ裏です。

‪前職で教わったことを切り売りしてるだけで、新しく何かを身につけてなかったー。‬


https://youtu.be/bzwQO2TtXzw こういうのがプログラミングの知識がそこまで多くはなくても作れるのがFlashの功績だった。代わりになるツールがないように思う。マルチメディアプレイヤー、オーサリングツールとして、広く世に使われた素晴らしいツールだったのだが。

そこだけなぜか時代と理想への歩みが後退してる。ベクターとラスタが扱えて、GUIでサクサク作れて、モバイルにもさっと展開できるもの、が求められてる。

最終的にJSになればいいんだよね?

2ちゃんで中学生や小学生までもが自由に笑えるコンテンツ(もちろんしょうもないものも数多ある)をわーっと作れたのは、オーサリングツールの操作体系の簡便さが実現したことだと思う。

あれ?でもみんな割れてたのかな。普通、買えないよね。高くて。Adobeが価格を引き上げたり、サブスクリプションにしたことも影響あるかも。

もう一度、あんな時代が来るといい。

アミガのデラックスペイントが素晴らしいツールだと聞いたが、なぜそんな素晴らしいツールが廃れてしまうのかと疑問だったが今ようやくわかった。ツールがどんなに素晴らしくても市場とシーンが成立するには、プラットフォーマーや普及機の仕様、価格、手に入れやすさがないと流行ることが出来ないのだ。。。


後輩や部下に接するときはかつての自分の思いを忘れないようにしなくちゃ。気を使って言わないようにしてることがいっぱいあるはず。なぜ言わないかというと、

  • 最終的に自分の今までの努力不足にはねかえる
  • 妥協をなくすと、その会社にいる意味がなくなる
    • そこまでしてい続けたい会社かどうか、という話になる
  • 言いまくると、困った時に、辛くあたられる可能性
  • 相談相手が忙しすぎる

など。見えてる状況やもらす不満、疲れはごく一部のもので、溜めているものがあるはず。 これを忘れがち。「言わないと分からないから」「察してちゃんは困る」それで人が動くならこんな大変なことにはなってない。「言い辛い」「言っても何も買えられないし変わらない」などの絶望が底にある。

聞いても解決はできないかもしれないけど、まずは共感したり、一緒に悩んだりはできるはず。そここそが「評価の目で見る」のではなく「一緒に成長しよう」という精神性なのだと思う。

ベーシックに所属してた時代、自分がプライベートでいつか作りたいと思ってたものは、WYSIWYGwikiで、コンテンツ間のリンクが何かしら可視化されたグラフまたはツリーでGUIで設定できるもの、だった。

最近、チームの情報をGoogle Sitesで作ってて、これがすごく便利で、ああ、欲しかったものをGoogleが実現してくれてたんだ!と感じた。

あとは、モバイルからの更新も気軽に出来ればなあ。


技術キーワード

  • redux vueのstateのmutationsがそれ? observerパターン? pubsubの方がいい? デカイstateとevent listener, event emitter?
  • opencensus datadog的な?
  • envoy マイクロサービス?

6月までの目標はobserverパターンの実装だな。あと、postgresのwindow関数を覚えること

モバイルでも使えるGoogle Sites的なものを作る + 自分用のtodo管理

pubsub分からない。何に使うといいのか。メッセージの一斉通知?オブザーバーパターンとどう関連するの?チャットシステムでwebsocketと一緒に使うの?

あと、コンテナ。練習したい。 溜まってるブラウザウィンドウ、あとで読むタグ、本、ジムも。

ポスグレのwindow関数も。

この辺の目標はscrapboxの方が向いてそう。ストック型だし。

目標の話を同僚にしたら「そうじゃなくて、勉強以外にも「女の子と5回デートする」とか、そういうのは…?」と聞かれて、なるほど、と思うなど。


‪CDが売れてた時代、好きな曲が聴けることは‬ほんとうにスペシャルなことで、ミュージック・ビデオが観れるのはさらにスペシャルなことだった。

MTV、ビューシック、スペースシャワーは憧れだった。

ウォークマンからポータブルCDプレイヤー、シリコンオーディオプレイヤー…ウォークマンは音質が、CDプレイヤーのそれに比べると不満があった。でもポータブルCDプレイヤーはかさばるし、イヤフォンやヘッドフォンもかさばる。

不便さがあった。でもその不便さが、いろんな情熱や憧れを生み出してたように思う。

レコードの時代は知らない。でもやっぱり、お気に入りの曲をレコード屋さんで買って、でもレコードプレーヤーが高くて買えないから、いつか買えるようになる日を夢見てジャケットをうっとりした目で見つめる日曜日、なんて風景を想像すると、それはやっぱりスペシャルで素晴らしいナイスな日々なんだと思う。

very special!!

very special!!


今までの人生で「ほら、情けない顔すんなw」と言われたことが2回ほどあって、そういうことをほんとうに言ってくれる人の存在はありがたいものだと思ってる。


以前の職場で、タスクがスプリント内に終わりきらないことが常態化していて、訳知り顔の人が「専門を超えて手伝い合えばいいと思う。最初は時間かかるけどゆくゆくは強い冗長化にも繋がるし」と言うので「それはいいですね。例えば結構、泥臭いタスクもあり、技術力はあまり使わないですけど、そういったタスクからもし引き取ってみていただけると助かります」と打診すると「いや、誰でもできる技術力向上に繋がらないタスクはやりたくないかなw なんか面白いタスクがあればくださいw」と言われて、何を言っているのか分からなかったし、ついさっきの発言ともリンクしない、いきなり一貫性が無い考えを露わにされて、思考が止まった。破綻、てこういうことなのかな、とも案じたが、普段から自己肯定感が低くて自分の思考力にマジで自信がないので「まあ、誰しもそうですよねぇ…」と、しばしの思考停止の後に一言絞り出すのがやっとだった。

上記とは直接関係ないけど、面談の時、または採用課題のレビュー時には下記を見るようにして、そういうプログラマーは注意するようにしてる。

  • エラーケースのハンドリングをしない
  • しないポリシーであれば例外ケースでは、せめてログを出して欲しい
  • テストコードを書かない、書けない、またはテスト済みのライブラリ機能のテストを書いている
  • データ量が増えた時の考慮があったかどうか
  • そういう時、キャッシュや、ソート、ハッシュの知識が活きてくる
  • 通信途絶やレースコンディションが起きた場合に、トランザクションやロックでデータ保護、ロールバックするようにしてるかどうか
  • クエリをexplainしたか
  • 金額を扱う時、decimalを使っているか
  • 継承を安直に使ってないか
  • インターフェースに対して実装しているか
  • どのような制約を仮定したか
  • 綺麗だと思ったコードはなんですか。どこを綺麗だと思いましたか
  • 好きなサービスや会社、チーム、開発者、コミュニティなどはなんですか?どこが好きですか?

いい気になってた。前職では、自力で良い技術的ソリューションを打ち出したりゴリっと一から実装することなんか出来なかった。例えば、redisの使い方とか。

今の自分は、前職ではみんなから教えてもらった経験をもとに仕事できているに過ぎない。新しい技術を実践して洗練していくドライブ力はまだまだ足りない。だから、今気になってる技術は?と聞かれても答えられない。rustぐらい?


具体性のない時間に起きようとするからダメなんだ。7:30ならその辺にじゃなくて、7:30に起きればいい。


Webにあげた時点で「みんなのもの」になるぐらいに考えろ、と昔誰かに言われた。


貧乏子沢山…ではなく。しょうもない恋愛ドラマを乱発して、知識のある人やオタクを恋愛から遠ざけたメデイアや、それを受け入れてきた我々の文化のせいでもある気がする - peketaminのコメント / はてなブックマーク

テストコードに込めた期待する結果が自分の不理解をそのまま反映しててもテストコードはパスしてしまう。

テストの丸つけをする先生が正解を分かってなくて、間違った答案例と見比べてマルをつける感じ。

答案例が正しいことを保証するには…証明器とかそういうのが使えるんですかね?Coq?



実家の近くに慶楽寺というお寺がある。縁あってなにかと仲良くさせてもらっていた。そこの、今はもう亡くなられた先代の奥様 (ごえんじょさん) の言葉を思い出したのでここに記す。

「怒りに流されそうになったとき、この言葉を思い出しなさい。」

『腹が立ったら相手を変えよ。 弥陀を相手にするが良い。 知っておるぞよ、見ておるぞよ』

別に熱心な信徒ではないし、帰依の心もないけど、そういうとこに、地元に生まれ育って良かったとじんわり感じるのであった。


最近のこと

  • 加齢臭がして来ている気がするので香水をつけ始めた。
  • 後輩の一人称が「僕」から「私」になりつつある。自分の影響だとしたら、ちょっと良し悪し判断つかないけど、社会性の向上にトライしてみるという点では良いことだとは思う。

ネット始めた頃は顔も見たことない、リアルで会ったことのない人たちとネットだけで仲良く、日々の会話を楽しんでたけど、今、TwitterとかSNS使ってはいるけど、そういうことがうまく出来ない。というか、気後れしてやってない。なんか、面白い人とか、すごい人が可視化されてリーチ出来る場所なので、そこであえてふつうの人である自分に関わるメリットがないのだ、と思ってしまう。

自分の中でのネットの感触の変化。


ある人に嫌な仕打ちを受けると、その人の全てを悪だと思ってしまう。行動原理や倫理観に、自分が関わった行動以外のことも支えられてるという思いから。

でも、一人の人間とて一枚岩ではないのかも知れない。探せばその人の良いところが…あるといいなあ。

少なくとも、あるベクトルにおいては、自分が欲しい方向と一致してない、という問題があるだけならば。

こういうのが「性格はいいと思うけど管理職には不向き」「恋愛相手と結婚相手は別」とかそういうことなのかな。

最近またココナッツをカットしたり搾油したりする動画がYouTubeのフィードに流れてきて最高。

全国のココナッツカット動画ファン歓喜

ホント、日本でもココナッツ・スプラウトが食べれるようになってほしい。一度は食べてみたい…多分、想像してるほど美味しくはないんだろうけど…。

スクラム、どこで何がどうなってたらDoneなのかを定義してタスク作って進めたいけど、難しい。それがユーザーストーリーなんだろうけど。むしろ、それはプロジェクト管理の基本なのかな。


エスペラントがその理想を果たせてないのって興味深い。いろんな言語の覚えにくい点を克服することを目指して作られた言語のはずなのに。原因のひとつには、固有概念の欠如があるのではないか。中国や日本にはあるけど、アメリカにはない感情や概念、とか、そういうの。または、概念はつくれても、広く人々の間に、似たような神経興奮を起こせるような感情色と共起するようなもの、つまり「この言葉の感情背景は?」と聞かれた時に「それはこういう、たとえば、こういうときに、こんな状況でこんなときに沸き起こる感情ですよ」「たとえば、〜〜みたいな?」「それだとむしろ、〜〜という言葉の方がより言い表してる。そうではなく、〜〜みたいな状況のときに…」という具合に感情の言い表した語彙に近づけていける人がいないんじゃないかと思うんです。自然言語に客観的な視点を与えうるという点でも興味深い。

システムだけでは動かないんだ。感情が必要なんだ。長く続くことの利点の一つは、洗練されることだな。


フォークソングが流行らなくなったのって、昔ながらのフォークって人間の嫌な面が自分にもあって悲しい、みたいなのが多くて、人はだんだんとそれよりも、軽度のダメさとか、人に優しく出来なかった、とか、ダメージが少ない方に流れた結果、こ少なくとも僕は豆腐メンタル。全てではないけど、自分が聞いてきた音楽の影響もある気がする。自分にとって辛くないものだけを聞いてきた。


古事記とか日本書紀とかって全文漢字ですよね…。英語学習者でも一般的な言い回しや文法における不完全さがあるわけで、当時の執筆陣はそういう漢文における間違いはなかったのだろうか…?きっとあるよね…?

中国語ネイティブに来てもらって書くのをお願いするのなら別だけど。

そして、当時も日本は日本語を話してたとすると、読みと書きでは言葉がちがう。朝廷の書記官達はバイリンガルだったのか?それとも中国語もペラペラだったんだろうか。

加えて、あれだけ長文を書き編纂出来るとしたら、相当量の漢籍を読んできたのだろう。そうでなければ無理だと思う。かつ、彼らは誰からどうやってどのくらい漢籍を学んだのか。何かしらの教育システムがあるのだろうか。

卑弥呼の時代既に中国に人を遣わしてたのだから、その時既にある程度は素地が出来てたのかな。ヨーロッパの上流階級よろしく、上の方では中国語で会話して酒を酌み交わしてたりしたんだろうか。

もう当時の人はいないし、遠いご先祖様はどんな人だったか、何を収めた人だったのかはフィーリングとして残っていない。

でも彼らの相当な努力のおかげで日本はここまで来れたのだろうから、船で行ける距離に大国があって良かったんだろう。


  • 知らないことを知る喜び
  • 難しいと思ったものが焦らず付き合ってみれば、または賢い人に教えてもらうと自分にも理解できた時の喜び

学校では喜びがあまり重んじられない。時間が足りないから。先生の中には楽しむことを大事にしてくれる先生もいる。

自分が何かを人に教える時、何が楽しいのか、何が嬉しいのかを伝えようとしていただろうか。


オニオンアーキテクチャ、クリーンアーキテクチャ、ヘキサゴナルアーキテクチャの違いが分かってない。

しかし、正味8日間ほどかけて100ファイルほどリファクタリングした結果、それらはオブジェクトや関数のありかたにおいて責務の混在を避けるためのテクニック・スキル・パターンだということがようやく分かった。でもそれだけのファイルを手入れ出来たのは手厚いテストコードがあったおかげ。マエゾノさんに感謝。

つまり、プロトタイピング→パブリックメソッドのテストコードを書く→リファクタリングが品質向上によさそう。

10年前にオブジェクト指向が「データにメソッドがくっついたもの」と にしごおり師匠に教わったことと、Gunosy在籍時に mosa_siru 師匠から「コードはシンプルに、ネストを浅く、副作用を避け、命名にこだわること」「継承を (不要に→委譲や合成でやるべきことはそうすること) 使わないこと」を教わったことを経て、やっとここまで来たなあ、という感慨。

コイケ師匠とノブ師匠の「コードの一行一行は全てに意味があるべき。説明不可能なコードを書かないこと」と教わったことも下地になっている。

また、オグラ師匠によるDDD勉強会や、アイタ師匠の「アプリケーションでオレオレフレームワークわ避けるべき」やネギシ師匠のバリューオブジェクト利用例も活きてる。

あとはコイケ・アイボウ師匠の「カバリングインデックスの利用」「アーキテクチャ構造で済ませられるものはそこに任せる。出来るだけコードを書かずに仕組みで解決出来ないか考える」ことを覚えたい。

テストにはシマダ師匠のモックの使い方やインターフェースクラスの使い方も活きてる。

たくさんの師匠がいる私は果報者である。しみじみ。


社内イベントを手伝う人と手伝わない人に分かれる、って言われたけど、手伝いを業務扱いにしないからかな、と思った。

最初から強制徴兵して業務扱いの方がよさそう。

骨だと思ってたら筋だった。問題は。多分。多分、そうだと思う。ぜんぶ憶測だけど。

ただ、大腿骨骨頭と骨盤のハマるとこの隙間、これはなんかどうしようもない気がして滅入る。

何が言いたいかというと、約1ヶ月、左右のバランスを気にしながら生活した結果、体を横に曲げる運動

で、左に体を倒した時に、右足の付け根がピキッとならなくなったことにいたく感動した。

まだまだ体は変わる余地がある。

デスコ

デスコ

  • 女王蜂
  • ロック
  • ¥250


ロックってカッコ悪いことのことなんじゃないか?というのを、マーヤラブについて熱く語るおっくんを見て思った。

色んなこと知ろうとしすぎんで良くて、一個のことしか知らない、出来ないことのカッコ悪さとそのかっこよさ、みたいなのが必要なのかもしれない。


ドキュメンタリーで食事シーンを撮ったりするじゃないですか。あれ、自分の場合だとたぶん恥ずかしい。

食べ方に自信がない。作法とか口元とか笑い方とか。いや、だからこそか!自分で撮影してみたらいいんだな。カメラスタンドを買わねば。


鶴見済が著書で、眠くしてウトウトしつづけてでも眠りには入らない、というのをやってたんだけど、今思えばアレ、ブッダの半眼だ。ポイントはずばり眠いこと。じゃないと、突飛なビジョンが出てこない。今日、風呂場で体験したけど、眠い中で半眼で入眠を抑制してると、未来、自分がどうなっていたいか、その時のイメージが出来てとてもやる気出た。ブッダは脳内麻薬ジャンキー。しかし菩薩が出れば槍で突き殺せというのもまた真で、ヤグ兄が言ってた「酩酊の中でも自分を冷静に見てるもう一人の自分がいるだろ。そいつを使って常に意識をしっかりと保て」と。

横になりたい時、だらけそうな時、同じことが言えるんだと思う。日常それ自体が修行(苦行ではない)で、無意識の堕落や、いつのまにか自動行動、自動判断まで落ちてしまった「諦めてきたもの、避けてきたもの」に今一度タッチする賦活を与えてくれる。

風呂は偉大である。


ドラゴンボールを読んでた当時、新章が始まる度にワクワクしたし驚愕した。かめはめ波など、エネルギー波を手から出すというアイディア、見たことないデザインのキャラクターは登場時から既に全てカッコよく、もうないだろ、もうないだろ、と思ってもそのラインを超えてきた。28号なんかもそう。可愛くてオシャレで強い。「叶うことなら会ってみたい」と思わせるようなキャラクターばかりだった。

鳥山明は絵が上手いだけではない。発想、デザインセンス、キャラクター付け、オールラウンドでどの能力も高いチート級、規格外の漫画家だったのだな。