バンドの練習後、いつものバーに軽音部の先輩と行き、カウンターに座る。マスターの後ろには壁を覆わんばかりの大量のレコード。先輩はなにやら難しい名前のウィスキーを頼み、僕はコーラを頼む。
「ブーさん、テイクファイブ、あります?」
「あるよ。あるけど、テイクテンの方はどう?」
「テイクテン?知らないです。5拍子の倍で10拍子になってるとか?」
「まぁ、テーマは同じなんだけど、別のバージョンだね。これはこれで面白いよ。かけてみようか。」
テイクファイブよりもゆったりとした変拍子に、ポールデズモンドのアルトサックスがふわっと乗っかっている。ネタ元を知ってると楽しめる曲だと思った。マスターの薦める曲は外れがない。
僕はジャズをほとんど知らない。テイクファイブを知るまでは、枯葉とイパネマの娘ぐらいしか知らなかった。
「ミツキ先輩、マイルスは『帝王』って呼ばれてますよね。他にも有名なプレーヤーにはニックネームがありますよね。ええと、『バード』って呼ばれてる人いましたよね。確か、ジョンコルトレーンでしたっけ…」
「バードは確か…」
『チャーリーパーカー』
先輩に被せるように答えながらバーに入ってきたのは軽音部がいつも使わせてもらっているライブハウスのオーナーだった。彼はカウンターに座り「ブーさん、いつもの」と慣れた調子で酒を頼むのだった。
「ああ、チャーリーパーカーか。さすがカネダさん。ライブハウスに『バードランド』と名付けるだけはありますね。なるほど」
(本当はWeather Reportの曲名からかも知れない)
そんな会話を重ねて、ジャズバーの楽しさを教えてもらった。その空間にはジャズへの愛が溢れていた。
店の名前は「ラグタイム」
今はもう無い。ブーさんももういない。
ブーさん、コンビーフピラフごちそうさまでした。とても美味しかったです。