上司からは部下の苦労が感じ取りにくかったり、そういうのは正社員とアルバイトの間にもあるから、国と国民の関係性もきっと…。
だから神も人間の苦労なんか知らんと思う。 望めば何不自由ない満たされた生活が出来るから。
つか、全知全能なら意のままに操れば良い。純潔のマリアでも言ってたな。「それが神の望みであれば詩を一編綴るだけで良いではないか」と。
我々がコンピューターの苦労なんか知らんのと同じだな。
物を大事に、人を大事に、というのを「神は偏在する」と言い換えたのであれば、発案者の徳は非常に高いと思う。
神が意のままにしないのは、神の業。業があるのであれば、神は人間くさい。実際、宗教によっては人だったりするし。
でも、神と人間は同じではないなら、人間の中に神がいるか、神というのは廻る電子だったり、届く重力波だったり、自然そのもの。
てことは、コンピューターにも神は宿るから、プログラムを書いたときに動きますように!と祈るのは神信心と同じことであり、徳の高まる行為である。
よかったー (雑)。
いや、よくない。「より良い組織にしたいのはやまやまだけど、一度上の立場に立つと、下の気持ちを汲み取るための心を失いがちよね」という課題はどこも抱えるはずのもので、どうしたらいいんだろう。
まあ、同じ立場にしてもらって、その苦労を見に染みて味わうのが一番だと思う。
よし、もし自分が社長になれた暁には、半年に一回、ひと月ほど、アルバイトとして入り直そう。
なーんて…。なかなか難しいんだろうなあ…。