peketaminの日記

その辺のプログラマーのチラ裏です。

能登へ帰省

土日に父の四十九日で帰省した。

(今思ったけど、「帰省していた」だと過去完了形?)

法要は実家の和室を2室繋げ行う。母と妹が前日に整えておいてくれていた。 朝、お参りに来てくださる方々に挨拶し家に招き入れ、襖を外した和室に座っていただく。入りきらない方々には申し訳ないけど廊下に座って/立っていただいた。定刻になると住職がお経を上げてくださるので、正座をして、改めて父の冥福を祈る。

法話は菅原道真の歌から一説をご紹介頂いた。まだ住職の夢には父は来てないらしい。法話の後で私の方から皆さんに挨拶をし、お昼ご飯を食べるため、町の旅館「ときみね」にバスで移動。

名物女将と住職に挨拶と振る舞いを助けていただきながら、皆さんにもお酌をして周り、なんとかご飯も頂くことも出来た。住職から締めの挨拶をして頂き、法要は無事終了。

母は引き続き、父の各種契約の整理。

ちくしょ〜、なんだろうな〜、あんだけ出たかった田舎だけど、年齢を重ねるごとに良さを感じるのがなんだろうな〜、でもきっと、ずっとそこで住むとなれば、田舎ならではの濃厚な付き合いに辟易したりするんだろうな〜。

法要の翌日、私と妹、弟の兄弟3人で地元の町営ゴルフ練習場へ打ちっぱなしに行った。 私と弟は多少の覚えがあるが、妹は全くの初心者。

スイングしてもまずボールに当たらず唸っていたが、私と弟が基本を伝えると、アイアンよりも初心者には難しいはずのドライバーで当たりが出だし、初心者にはしてはまずまずの飛距離も出始めた。

私たちは父が亡くなるまでついぞ共にゴルフをすることはなかった。褒めれば図にのる素直な妹はボールが飛び始めたことに楽しみを覚え、このとき、生前の父と一緒にゴルフをしておけばよかったと悔やんだ。

それでも、こうして兄弟で仲良く打ちっぱなしに来れたのも元をたどれば父がキッカケとも言え、つまり私たちの中にこれからも父は生き続けるということなのだ。

人は死んでも無になることなんてなかった。今までに亡くなった、友も、祖父母も、知り合いも、みんな私の中で生きている。

戦場のメリークリスマスという映画で「セリアズはその死によって実のなる種をヨノイの中に蒔いた」というセリフを思い出した。死もまた出会いとして、次へ受け継がれるということなのだろう。

出会いに、感謝。

帰りの日は妹に、私と弟を金沢駅まで送ってもらって、今回は時間の関係で「かがやき」ではなく「はくたか」に乗り、3時間揺られた後関東に帰ってきた。人生を考えてしまう。